ブッダの道

2017年5月22日

なぜ、ブッダは最終的に苦行を否定したのか。それ
は、苦行が行われる動機(現世利益)そして身体を苦
しめること、さいなむこと自体が目的化することは、
とらわれそのものだからだ。
 そして、みずからが説く中道にもまた固執することは
妄執である、仏陀はたたみかける。

両極端を知り尽くして、よく考えて、両
極端にも中間にも汚されない。彼を、わ
たくしは偉大な人と呼ぶ。彼はこの世で
逢う女(煩悩)を超えている。
『ブッダの道』2008 学研

中道への到達

2017年5月19日

カッチャーヤナよ、「あらゆるものが有
る」というならば、これは一つの極端説
である。「あらゆるものが無い」という
ならばこれも第二の極端説である。人格
を完成した人は、この両極端説に近づか
ないで、中道によって法を説く。
仏陀
ここでは中道をこう説明している。如何に過酷な苦行に
よっても、求める答えには達しえない。それがブッダが
苦行から学んだ境涯であった。
『ブッダの道』2008 学研

バラモンたちの堕落

2017年5月10日

一切の悪を斥け、汚れなく、よく心をし
ずめたもって、みずから安立し、輪廻を
超えて完全な者となり、こだわることの
ない人、――このような人はバラモンと
呼ばれる。
仏陀

かってバラモン(聖者)はそのような存在だった。
だが、今はそうではないと仏陀は言う。
『ブッダの道』2008 学研

学ぶことについて

2017年5月8日

学ぶことの少ない人は、牛の様に老いる。
彼の肉は増えるが、彼の知恵は増えない。

智慧とは、表面的な知識の事ではない。受験勉強が得意で一流大学に入学しても、ひと欠片の智慧もない人間はいるし、子供のころから農作業だけをしていたという無学の人でも、智慧のある人間はいる。この智慧とは、覚りと同義と考えていい。
『ブッダの道』2008 学研

慈悲の心を持つということ

2017年4月21日

慈とは、「同朋に対して、利益と安楽をもたらすこと望む」ことであり、悲とは、「同朋から不利益と苦とを除こうとする」ことであるという。総称して真実の友情、純粋な親愛という意味になる。
いずれにしても、これらの欲求が、頭で考えてこうあるべきと行動されるものであっても無意味だ。そうではなく、ごく自然にわき上がる希求となって満たされたとき、その人は慈悲の人とされる。

あたかも、母が己が独り子を命をかけて
護るように、そのように一切の生きとし
生けるものどもに対しても、無量の慈し
みのこころを起こす。 仏陀

という慈悲の境涯に達するものである。これこそが覚者の姿なのである。

『ブッダの道』2008 学研

慈悲の心を持つということ

2017年4月21日

「慈悲の心を持つということ」

慈とは、「同朋に対して、利益と安楽をもたらすこと望む」ことであり、悲とは、「同朋から不利益と苦とを除こうとする」ことであるという。総称して真実の友情、純粋な親愛という意味になる。
いずれにしても、これらの欲求が、頭で考えてこうあるべきと行動されるものであっても無意味だ。そうではなく、ごく自然にわき上がる希求となって満たされたとき、その人は慈悲の人とされる。

あたかも、母が己が独り子を命をかけて
護るように、そのように一切の生きとし
生けるものどもに対しても、無料の慈し
みのこころを起こす。 仏陀

という慈悲の境涯に達するものである。これこそが覚者の姿なのである。

『ブッダの道』2008 学研

仏陀の道

2017年4月18日

続き
「慈悲の心を持つということ」

実際、仏典には、あらゆる人間的苦悩で迷い、深刻に思
い悩む人々が登場するが、ひとたび覚者となった者は、そ
の苦悩から解放され、超然とした存在となる。どこまでも
揺るがせられることのない穏やかな印象だ。そして彼らは
厳格である。
『ブッダの道』2008 学研
続く

ブッダの道

2017年4月4日

人間の体とは、母体において初めての心
が起こり、初めての識別が現れてから、
死時に至るまで、この間におけるこの人
間の体のことである。

『ブッダの道』2008 学研

人としての意識が生まれ、肉体がそれを感じはじめたと
きから、それは人間であるというのだ。これは極めて科
学的な定義であると同時に、仏陀の仏道修行に対する基
本的な姿勢を表している。

ブッダの道

2017年3月30日

花を摘むのに夢中になっている人が、未
だ望みをはたしていないうちに、死神が
彼を征服する。
(『ブッダの道』2008 学研)

普段我々は、よほどのことがない限り、死を意識することはない。だが、死は誰のそばにも横たわっている。たとえ若くて健康であっても、いつ死が訪れても不思議ではない。これこそが苦の根源である。

仏陀

2017年3月29日

死が人をさらってゆく。

(『ブッダの道』2008 学研)