癌を抑制するもの

2017年7月14日

 癌を抑制する一つは筋肉であるらしい。その筋肉を増やす努力が癌の脅威から多少なりとも逃れられるかもしれない。一昨年平成28年9月、胆管癌で亡くなった女優の川島なお美(享年54)が、死の直前になって催し物で姿を見せたことをご記憶だろうか。ファンは彼女の笑顔を見て胸をなでおろしたものだが、気になったのは異常にやせ衰えた姿だった。また同じ年の5月、大腸癌で亡くなった俳優の今井雅之(享年54)も、亡くなる1カ月前に開いた記者会見での痩せた姿に記者たちは言葉を失った。
 江戸川病院で腫瘍血液内科部長を務める大澤浩医師は、「癌患者の多くは病気が進行してくると骨格が浮き上がって見えるほど瘦せ細ってしまうのです。これは悪液質(カヘキシア)と呼ばれる病態で、亡くなる前の今井さんや今井さんのお姿は典型的な悪液質と言えます」。   
 なぜ、末期癌患者は瘦せてしまうのだろうか。原因は単に食欲が衰えるだけではない。「症状が進行してくると、癌細胞は自分自身が生存するために骨格筋にため込まれているグリコーゲンやたんぱく質をエネルギー源として使い始めるのです。筋肉が多い腕や太腿、腰回りがどんどん痩せて行くのはそのためです。
 研究者が注目するのは、筋肉の急激な衰えが死に繋がっているという点だ。首都大学・大学院の藤井宣春教授によると、「癌細胞を移植し、人工的に悪液質にしたマウスに筋肉増強剤を投与してみた実験があります。筋肉増強剤を打たなかった癌マウスは筋肉が減少し、全部が衰弱死する。ところが、筋肉増強剤を打ったマウスは癌細胞が増殖しても筋肉量と体重が維持され、10%しか死ななかった。つまり生存率が飛躍的に上がったのです。これは癌に罹ったとき、筋肉が生命維持のために何らかの役割を果たしていることを意味している。
筋肉には体を動かすためだけでなく、病魔と戦う役割もあるのではないか。それが明らかになってきたのは最近の事だ。「癌に罹っていなくても、運動している人は、将来の癌発生の危険性は低いことが分かっています。これは疫学調査のデーターではっきりしている。さらに、2015年に「アメリカ癌研究協会」などが、肺癌や食道癌、肝癌、乳癌、そして骨内種など少なくても13種類の癌に関して、運動の効果が確実にあると医師会誌で発表している。世界的にも運動することに癌予防効果があることが認められてきているのです。
筋肉から身体を守る有益なホルモンが出ていることである。筋肉から分泌されるホルモンを「マイオカイン」と呼ぶようになったのはペデルセン博士が、筋肉からホルモンが出ていることを発見し、「マイオ(筋肉)」、「カイン(作動因子)」と名付けた。
 私たちの毎日は座ったままの仕事(デスクワーク)が中心で、家庭にいても体を動かさないで済むようになっている。テレビも洗濯機も照明もボタンひとつで座りっぱなしで使えてしまう。そうやって骨格筋を使わないでいると、ただでさえ代謝機能疾患や神経器官疾患の危険性が高くなるのです。
 ならば、スポーツジム行く、公園でジョギングするのも効果あります。あるいはスクワットである、この運動は家でできる、そして骨格筋に負荷をかける「レジスタンストレーニング(抵抗運動)」である点だ。マイオカインを出すためにはピッタリである。スクワットが嫌いなら出来るだけエスカレーターや昇降機の使用を控え階段の利用である。なお癌を抑制する筋肉は高齢者も増やせる。
 太古から動物の身体は動かすことを前提に作られている。筋肉が作る万能ホルモン「マイオカイン」もしかりである。皆さん、気分転換のためにも、健康のためにも、楽しく体を動かされたらいかがでしょうか。
[参考文献]『週刊新潮』2017 7月13日号

世界平和

2017年6月26日

中国の賢人老子が2000年以上前に、

世界が平和であるためには、
国が平和でなければならない。
国が平和であるためには、
都市が平和でなければならない。
都市が平和であるためには、
街が平和でなければならない。
街が平和であるためには、
家庭が平和でなければならない。
家庭が平和であるためには、
心が平和でなければなければならない。
『コスモス』アービン・ラズロ・ジュード・カリヴァン (翻訳者 和波雅子 吉田三知世 監修者 村上和雄)2009 講談社

仏陀の死因

2017年6月21日

ブッダの直接の死因は、鍛冶工のチュンダが朝食に供養したキノコ料理による食中毒といわれる。ブッダは、みずからその問題のキノコ料理を所望し、他の安全な食事のみを一行に与え、残った食物はことごとく穴に埋めるように指示している。それは明らかに腐っていたのだろう。拒絶しようとすればできたかもしれない。だが、ブッダは受け入れ、瞑想によって苦しみを統御しながら死を迎えるのだ。
『ブッダの道』2008 学研

ブッダの最後の旅

2017年6月21日

<ブッダの最後の旅>
すべては無常である。怠ることなく修行
し、それを完成しなさい。
(これがブッダの最期(さいご)の言葉であった。)

『ブッダの道』2008 学研

ブッダの道

2017年5月22日

なぜ、ブッダは最終的に苦行を否定したのか。それ
は、苦行が行われる動機(現世利益)そして身体を苦
しめること、さいなむこと自体が目的化することは、
とらわれそのものだからだ。
 そして、みずからが説く中道にもまた固執することは
妄執である、仏陀はたたみかける。

両極端を知り尽くして、よく考えて、両
極端にも中間にも汚されない。彼を、わ
たくしは偉大な人と呼ぶ。彼はこの世で
逢う女(煩悩)を超えている。
『ブッダの道』2008 学研

中道への到達

2017年5月19日

カッチャーヤナよ、「あらゆるものが有
る」というならば、これは一つの極端説
である。「あらゆるものが無い」という
ならばこれも第二の極端説である。人格
を完成した人は、この両極端説に近づか
ないで、中道によって法を説く。
仏陀
ここでは中道をこう説明している。如何に過酷な苦行に
よっても、求める答えには達しえない。それがブッダが
苦行から学んだ境涯であった。
『ブッダの道』2008 学研

バラモンたちの堕落

2017年5月10日

一切の悪を斥け、汚れなく、よく心をし
ずめたもって、みずから安立し、輪廻を
超えて完全な者となり、こだわることの
ない人、――このような人はバラモンと
呼ばれる。
仏陀

かってバラモン(聖者)はそのような存在だった。
だが、今はそうではないと仏陀は言う。
『ブッダの道』2008 学研

学ぶことについて

2017年5月8日

学ぶことの少ない人は、牛の様に老いる。
彼の肉は増えるが、彼の知恵は増えない。

智慧とは、表面的な知識の事ではない。受験勉強が得意で一流大学に入学しても、ひと欠片の智慧もない人間はいるし、子供のころから農作業だけをしていたという無学の人でも、智慧のある人間はいる。この智慧とは、覚りと同義と考えていい。
『ブッダの道』2008 学研

慈悲の心を持つということ

2017年4月21日

慈とは、「同朋に対して、利益と安楽をもたらすこと望む」ことであり、悲とは、「同朋から不利益と苦とを除こうとする」ことであるという。総称して真実の友情、純粋な親愛という意味になる。
いずれにしても、これらの欲求が、頭で考えてこうあるべきと行動されるものであっても無意味だ。そうではなく、ごく自然にわき上がる希求となって満たされたとき、その人は慈悲の人とされる。

あたかも、母が己が独り子を命をかけて
護るように、そのように一切の生きとし
生けるものどもに対しても、無量の慈し
みのこころを起こす。 仏陀

という慈悲の境涯に達するものである。これこそが覚者の姿なのである。

『ブッダの道』2008 学研

慈悲の心を持つということ

2017年4月21日

「慈悲の心を持つということ」

慈とは、「同朋に対して、利益と安楽をもたらすこと望む」ことであり、悲とは、「同朋から不利益と苦とを除こうとする」ことであるという。総称して真実の友情、純粋な親愛という意味になる。
いずれにしても、これらの欲求が、頭で考えてこうあるべきと行動されるものであっても無意味だ。そうではなく、ごく自然にわき上がる希求となって満たされたとき、その人は慈悲の人とされる。

あたかも、母が己が独り子を命をかけて
護るように、そのように一切の生きとし
生けるものどもに対しても、無料の慈し
みのこころを起こす。 仏陀

という慈悲の境涯に達するものである。これこそが覚者の姿なのである。

『ブッダの道』2008 学研