アメリカ村

 

アメリカ村(アメリカむら)は、大阪府大阪市中央区西心斎橋付近の通称。アメ村(アメむら)とも略称される。

島之内の西端部、おおむね佐野屋橋筋以西、大宝寺通 – 三津寺筋間において、御津公園(通称:三角公園)を中心に若者向けの店舗が集中している地域を指す。

江戸時代には豪商の大坂屋久左衛門が居を構え、西横堀川(現在は埋立。阪神高速1号環状線北行き)の水運を利用した銅吹屋の町だった。そこから派生して問屋が多かったことから、島之内の横堀筋沿いは炭屋町と呼ばれていた。アメリカ村の誕生直前はいくつかの料亭があるほかは、木材加工業などの倉庫などが多い業務地区となっていた。

1969年日限萬里子が南炭屋町に喫茶店「ループ」を開き評判を集めた。以降、倉庫を改造してサーファーの若者などによりアメリカ西海岸ハワイなどから輸入したアメリカンカジュアルな衣服類が販売されるようになり、アメリカ村と呼ばれ次第に活況を呈するようになった。

1980年代には雑貨、レコード、衣料などの店が並ぶようになり大学生などが集まるファッションや流行の発信地の一つとなった。このころから京阪神以外の地域でも有名となる。

1990年代はじめ、タワーレコード心斎橋店(2006年8月閉店)やビッグステップなどが建ち、より多くの若者が集まるようになった。

1990年代中頃から来訪者の低年齢化、大音量の音楽による騒音、粗悪な商品を押し売りに近い形で売りつける悪質な店舗の増加、建物や公共物への落書きなど街の荒廃が問題になり始めた。

2000年前後から北隣の南船場、西隣の堀江、さらには阪急梅田駅東側の茶屋町などへ若者が流れてしまい、1998年に約7万人だった休日1日あたりの来訪者数は2005年には半減してしまった。2006年から東京歌舞伎町より面積が広い事もあり50台を上回る77台の監視カメラ(24時間稼動)が設置され、治安回復を目指している。しかし2014年2月頃から再び落書き被害が急増するようになり、なかには地蔵を保護するための防犯用ボックスにまで落書きするケースもあった。大阪府警は事態が深刻化しているとして、パトロールを強化するなどしている

(参照:ウィキペディア。一部抜粋、書き換え、加筆)

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